Search

キーワードを入力してください

東日本大震災は首都圏の商品価格にどのような影響を与えたのか
PICK UP
  • 震災直後にカップ麺・ミネラルウォーターの売上げは急増、納豆・ヨーグルトは急落
  • その原因は、前者は震災による需要増加、後者は震災による供給低下
  • 首都圏では震災後の2週間に物価が平均で5%上昇
  • 首都圏家計の中でも「共働き家計」が「専業主婦家計」に較べてより高い物価に直面
  • 震災が首都圏において一部の財(品目)に深刻な「需要超過」をもたらしたが、商品価格の急激な上昇は観察されず、価格による調整よりはむしろ数量割当による調整が発生
  • 財(品目)によっては、重量単位の価格には大きな上昇が発生
インテージ社によって収集された詳細かつ膨大な個票パネルデータ(SCIおよびSRI)を駆使し、東日本大震災が首都圏家計に及ぼした経済的影響を定量的に明らかにしました。本研究で得られた幾つかの成果の中から、特に震災が価格に与えた影響についての結果を報告します
一橋大学経済研究所 教授 阿部 修人 教授 森口 千晶
日本経済研究センター 研究本部研究員 稲倉 典子
※株式会社インテージのデータを詳細に分析した特別寄稿レポートとしてご紹介いたします。
調査概要

SCI(全国個人消費者パネル調査) ※70歳代データは除外

期間
2011.1~2011.5〔5ヶ月〕
カテゴリー
食品・飲料〔146カテゴリー〕 雑貨〔68カテゴリー〕 *化粧品、医薬品は除外
エリア
全国

SRI(全国小売店パネル調査)

期間
2011/1/3週~2011/5/30週〔5ヶ月〕
カテゴリー
5品目(カップインスタント麺/納豆/牛乳/ヨーグルト/ミネラルウォーター類)
業態
全業態
エリア
全国
調査結果

1. はじめに

2011年3月11日に発生した東日本大震災は、被災地に甚大な直接的被害をもたらしただけではなく、首都圏を中心としたより広域の企業や家計の経済活動にも大きな影響を与えたといわれます。特に、震災によって引き起こされた需要の急増または供給能力の低落によって一部の財に「超過需要」が発生し、深刻な物不足が起きたことは大きく報道されました。

しかし、震災後半年が経過した現在においても、震災が家計の消費行動に与えた影響は明らかにされていません。それは端的に言って、既存の政府統計からは十分な情報が得られないからです。

従って本研究の目的は、インテージ社によって収集された詳細かつ膨大な個票パネルデータ(SCIおよびSRI)を駆使することによって、初めて震災が首都圏家計に及ぼした経済的影響を定量的に明らかにすることにあります。
以下では、本研究で得られた幾つかの成果の中から、特に震災が価格に与えた影響についての結果を報告します。

まず、政府統計の家計調査と小売物価統計調査を用いて、東京都23区における家計支出と価格変化率の動向をみましょう(図1)。ここでは、震災による「超過需要」が特に顕著だった商品として米・ミネラルウォーター・納豆・ヨーグルトを取り上げます。

[図1] 
政府統計にみた家計支出と価格変化率の動向


上図からは、3月以降に米とミネラルウォーターへの支出が増加したことや4月における価格上昇率が他の月に較べて高かったことはわかりますが、月次データの限界もあり震災の影響を読みとることは極めて困難です。

これに対して分析対象が若干ずれますが、SRI(小売店パネル)週次データを用いて、首都圏の小売店鋪におけるカップ麺・ミネラルウォーター・納豆・ヨーグルトの売上げと各商品の店舗別にみた価格変化率の動向を示したのが図2です。横軸は2011年の週番号で、震災発生は第10週の最終日に対応しています。

[図2] 
SRIデータにみる売上げと価格変化率の動向


図1に較べて、図2の方が震災の影響をはるかに明瞭に示していることは明らかでしょう。また、図2の上の図において、カップ麺・ミネラルウォーターの売上げは震災直後に急増するのに対して納豆・ヨーグルトは急落しており、同じ「超過需要」でも前者は震災による需要増加、後者は震災による供給低下によって引き起されたことがわかります。
さらに図2の下の図からは、どの財においても震災翌週(第11週)をピークとして3−4週間にわたる継続的な価格上昇が起ったことが確認されます。

実際、政府統計を用いて震災の価格に対する影響を分析することには幾つかの難点があります。
第一に、政府の価格調査は毎月12日を含む週の水・木・金に行われ、震災発生が3月11日(金)だったために3月の統計には震災前と震災直後の価格が両方含まれています。
第二に、調査頻度が月一回であるため4月の統計は震災から1ヵ月後の数値となり震災直後の大きな変化を捕捉することができません。
第三に、政府統計では、予め定められた特定店舗における特定商品の価格を観測するため新規参入した商品の価格情報を含まないだけではなく、一週間以内の短期的な特売による価格変動の情報をも除外するように作られています。
これは物価指数に関する国際的な取り決めによるものですが、日本では欧米諸国に較べて小売店における特売頻度が高く特売期間が短いことが指摘されており、後で示すように特売価格が家計の直面する価格に無視できない影響を与えています。
その点、SRIデータは膨大な種類の商品について店舗別に特売を含むあらゆる価格の週次の情報を含んでいるので、政府統計では行えない厳密で精緻な価格分析が可能になるのです。

2. 価格調整か数量調整か

経済学の一大原則に「価格は需要と供給を一致させるように決まる」というものがあります。もちろん現実には、築地の魚市場や証券市場のように瞬時に需給の一致する価格がつくことは稀でしょうが、一般に「超過需要」があれば価格は上昇すると考えられます。
それでは、今回の震災によって「超過需要」が発生した財について価格はどの程度上昇したのでしょうか。

サンデル教授の有名な著作、『これからの「正義」の話をしよう』では、大型ハリケーン・チャーリーがフロリダを襲ったときに生活必需品の価格がひと晩で5倍以上に跳ねあがったエピソードが紹介されています。今回の東日本大震災については、少なくとも首都圏においてはそのような大幅な価格上昇がおこった様子はなく、次節で詳述するように(さまざまな価格の定義を用いても)震災直後の財の価格上昇率はおそらく最大でも3割程度だったと推定されます。

これは価格が超過供給を解消するレベルまで上昇しなかったことを示唆するもので、換言すれば、震災によって引き起された超過需要は主として数量割当(rationing)によって解決されたことを示唆します。これは、震災直後に首都圏で広く観察された開店前スーパーでの長い待ち行列や「ひとり一点」の数量制限を呼びかける貼り紙とも整合的です。

商品価格が需給一致の水準まで上昇する場合は、その商品に最も高い価値を見いだす家計が優先的に高い値段を支払ってその商品を購入すると考えられます。ところが、今回の震災のように、価格はそれほど上昇せず数量割当が起った場合には、多くの店舗を訪ねることのできる家計や行列に並ぶ時間のある家計が、求める商品を比較的低い値段で手に入れることができるでしょう。
反対に、時間制約が大きく購買行動に費やす時間の少ない家計はそのような機会を逸する可能性が高くなります。

一般に数量割当の下では、商品を買えた家計と買えなかった家計の間に大きな差が生まれると予想されます。このような仮説を検証するために、SCI(家計パネル)データを用いて、家計属性別の物価指数の動向を首都圏と首都圏以西について推定したものが図3です。
ここでは、時間制約が大きいと思われる女性配偶者が正社員の家計(=「共働き家計」)と時間制約が緩やかな女性配偶者が無職の家計(=「専業主婦家計」)とを比較しています。なお、図3の物価指数は、生鮮食料品や耐久財を含まず、店舗の区別なしに商品毎の価格をパーシェ算式で計算したものです。

[図3] 
SCIデータによる家計別の物価指数

上図によると、首都圏では震災後の2週間に物価が平均で5%上昇しています。そして、首都圏家計の中でも「共働き家計」が「専業主婦家計」に較べてより高い物価に直面したことがわかります。また本研究では、「共働き家計」が「専業主婦家計」に較べて震災後により少ない種類の商品しか購入していないことも明らかにしています。
これらの結果は、「共働き家計」が震災直後の物不足のなかで十分な購買時間を持てず、購入商品の価格についてもバラエティについても「専業主婦家計」よりも不利な選択を行ったことを示唆するものです。

3. 価格上昇の経路は何か

今回の震災直後のように、大規模な「超過需要」が発生したときの物価の動きを測定することは簡単ではありません。政府統計では、物価は特定店舗における特定商品の価格の定点観測に基づいて計測されています。これは、いつも同じ店で同じ種類の商品を購入する家計にとっては適切な生計費の指標です。
しかし、深刻な物不足が発生して、普段と違う店でいつもと異なるブランドの商品を購入する場合、通常の定点観測では家計が実際に直面する価格の変動を追うことができません。

そこで本研究では、SRIデータを活用して、4種類の定義に基づく価格指数を作成し、比較しました。それは
(1)同一店舗における同一商品(=個別ブランド)を単位とした価格変化、
(2)店舗を区別せず全店舗の同一商品を単位とした価格変化
(3)店舗も商品も区別せず同一カテゴリー内の全商品を合わせ重量(グラム)単位でみた価格変化
(4)震災後に新たに取り扱われるようになった商品を除いた全既存商品の重量単位の価格変化
です。

指数(1)は、政府統計の同一店舗同一商品の定点観測に近いものですが、ここでは特売価格の情報も含まれていることが重要です。
指数(2)は、同一商品でもスーパーで購入したか高級スーパーで購入したかを区別しないため、たとえそれぞれの店舗において商品価格の値上げがなくても、より価格の高い高級スーパーで購入する家計が増えると価格指数が上昇します。
指数(3)は、家計がブランドにこだわらず商品の実質的な「量」に関心を持つ場合に適切な指標となります。例えば、単にミネラルウォーターが必要な家計にとっては、廉価な国産の2ℓボトルが品切れで高価なフランス産50mlボトルを4本購入した場合には、大きな価格上昇だと感じるでしょう。
指数(4)を用いる理由は、震災後に新たに取り扱われるようになった商品が従来の商品よりも高い価格だったかどうかをみるためです。

それでは、(震災に加えて放射能汚染によって)全国的に需要が激増したミネラルウォーターについて、上記の4つの指数による価格変化を較べましょう。
図4は、首都圏と首都圏以西におけるミネラルウォーターの週次の価格変化率(前週に較べた価格の変化率)の推移を示したものです。

[図4] 
ミネラルウォーターの価格変化率の推移

店舗別に個別商品価格をみた(1)によると、驚くべきことに首都圏でも最大で3%の価格上昇しか観察されず、震災後しばらく商品が棚から払底した時期でさえ、各店舗におけるミネラルウォーターの個別商品価格はほとんど上昇しなかったことを示しています。
店舗を区別しない(2)の指数をみても価格上昇率は4%に過ぎず、品切れからより売値の高い店舗への需要シフトが起ったものの、その規模は比較的小さかったことがわかります。
これに対して(3)からは、重量単位でみると首都圏におけるミネラルウォーターは最大で26%の価格上昇があったことが明らかになり、多くの家計が通常商品の品切れからより容量の小さいあるいはより高級な商品を購入したことを示唆しています。
既存商品に限定した(4)をみると価格上昇幅は24%とわずかに(3)より小さく、新規取り扱い商品は従来ブランドに較べてそれほど高価だったわけではないことを示しています。

次に、納豆・ヨーグルト・ミネラルウォーター・カップ麺について、震災翌週における価格上昇率を比較します(表1)。冒頭に図1でみた政府統計に基づく価格上昇率は、下表の(1)からさらに特売価格の影響を除外したものであり、ここに示すいずれの指数よりも過少推計になっていることにご注意ください。

[表1] 
首都圏における震災翌週の価格上昇率

この表の重要な含意は、財によって価格上昇の経路が大きく異なるということです。例えば、納豆の場合は、(1)の同一店舗における同一商品の価格上昇率が9.3%とかなり大きく、逆に(2)と(3)の上昇率にはミネラルウォーターやヨーグルトのような大きな乖離がみられません。これは納豆の価格調整が、主として小売店における特売頻度の低下による事実上の値上げという形で行われたことを示唆します。また(3)と(4)の比較から、震災後に新たに取り扱われるようになった納豆は既存商品よりも単位価格が割高だったことも確認できます。
これとは対照的に、カップ麺についてはどの指数においても価格上昇率が小さく、需要の急増にも関らず価格調整があまり起らなかったことを示唆しています。
このような財による違いは、生産過程や流通経路、市場の寡占構造の違いによって生じるものと考えられますが、そのメカニズムの解明は今後の重要な課題です。

4. 終わりに

今回の報告では、詳細な個票パネルデータを用いることで、東日本大震災が価格に与えた影響を定量的に分析し、震災が首都圏において一部の財に深刻な「需要超過」をもたらしたにも関らず、商品価格の急激な上昇は観察されず、価格による調整よりはむしろ数量割当による調整が起ったことを明らかにしました。

ただし、財によっては、個別商品価格はあまり上昇しなかったものの、重量単位の価格には大きな上昇が観察されたものもありました。
また数量割当が起った結果、時間制約が大きい家計とそうでない家計の間に商品の購入価格や数量、種類数において顕著な差が生まれ、家計によって震災のコストが大きく異なった可能性も示されました。

今後の研究では、このような結果を踏まえて、なぜ財によって価格上昇率の大きさや経路が異なるかを解明し、また価格調整と数量調整が家計の経済厚生に与える影響の比較にも取り組みたいと考えています。

ページTOPへ

転載・引用について

本レポートの著作権は、株式会社インテージが保有します。本レポートの内容を転載・引用する場合には、出所として弊社名(株式会社インテージ)、調査名称および調査時期を明記してくご利用ください。

ex)
インテージ ビジネスパーソン意識調査『男性の美容意識』 2015年2月調査
株式会社インテージのビジネスパーソン意識調査『男性の美容意識』(2015年2月調査)によると・・

【転載・引用に関する注意事項】
 以下の行為は禁止いたします。
・本レポートの一部または全部を改変すること
・本レポートの一部または全部を販売・出版すること
・出所を明記せずに転載・引用を行うこと
・公序良俗に反する利用や違法行為につながる可能性がある利用を行うこと

※転載・引用されたことにより、利用者または第三者に損害その他トラブルが発生した場合、当社は一切その責任を負いません。
※この利用ルールは、著作権法上認められている引用などの利用について、制限するものではありません。

調査会社概要

【株式会社インテージ】 http://www.intage.co.jp/
株式会社インテージ(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:石塚 純晃)は、「Create Consumer-centric Values 〜お客様企業のマーケティングに寄り添い、共に生活者の幸せを実現する」を事業ビジョンとして掲げ、様々な業界のお客様企業のマーケティングに寄り添うパートナーとして、ともに生活者の幸せに貢献することを目指します。生活者の暮らしや想いを理解するための情報基盤をもって、お客様企業が保有するデータをアクティベーション(活用価値を拡張)することで、生活者視点にたったマーケティングの実現を支援して参ります。

最新の調査レポートやマーケティングトレンドはこちらでご覧いただけます。
インテージ知るギャラリー

調査レポートトップへ