【駐在員コラム】Vol.11 インドにおけるモビリティ事情

【目次】

インドのライドシェア事情と生活者の意識

インドの自動車市場と聞いてどのようなことを思い浮かべるだろうか?自動車産業に従事されている方であれば、マルチ・スズキがマーケットシェアの約50%を占める市場であることは多くの方がご存知であろう。実際にインドに訪問した経験がある方であれば、激しい渋滞や路上にたむろする牛、あるいは、鳴り止まないクラクションのことを想像するかもしれない。 また、最近では日本のニュースでもインドのEVが話題になることも少なくないため、興味関心が高い方も多いのではないだろうか。

渋滞の中を闊歩する牛

渋滞の中を闊歩する牛(筆者撮影)

インドの一人あたりGDPは約2,000USDで、日本の約20分1、アジアの新興国の中ではバングラデシュやカンボジア(1,500USD程度)より高いが、ベトナム(2,500USD程度)より低い水準となっている。通常、自動車が普及をし始めるのは、一人あたりGDPが3,000USDを超えてからと言われており、庶民にとって、自家用車はまだまだ高嶺の花と言える。実際に、人口あたりの自動車台数の統計では、インドはASEANの各国と比較して少ないことが見て取れる。ただし、貧富の差が大きなインドでは、首都デリーの一人あたりGDPは、5,000USDを超えると言われており、中間層にも自家用車が浸透し始めている。

人口あたりの自動車台数

そんなインドにおいて、身近な移動手段のひとつとして、この2-3年で配車アプリが広く生活者に浸透してきている。
インドでよくある価格交渉がないこと、言葉ができなくても目的地まで確実に到着できることから、筆者も日常的にお世話になっており、今日は現地在住の利用者の視点も交えて、インドの配車アプリ事情の紹介と、それに伴った自動車に対する生活者の意識の変化について考察したい。

インドの交通事情

配車アプリサービスの詳細を紹介する前に、まずは簡単に筆者が在住しているデリーの交通事情を紹介しておきたい。近年デリーでも鉄道網(メトロ)の整備が急ピッチで進んでおり、私が赴任した3年間に限っても複数の路線が新たに開通した。駅、車内ともにインドとは思えないほどの清潔感があり、冷房も完備されていることから快適そのものである。また、バスも市内をくまなく網羅している。そして、デリーの庶民の足といえば、なんといってもオート・リキシャとリキシャであろう。オート・リキシャは3輪の軽自動車で、市内のいたるところでタクシーと同じ感覚で利用可能だ。(タイに馴染みのある方にはトゥクトゥクと同じものと思っていただければ良いと思う。)また、リキシャは自転車の後部に2-3人乗りの座席を取り付けた乗り物で、「ラストワンマイル」を担う交通機関として広く利用されている。

なお、筆者が勤務するインテージ・インドの現地スタッフの通勤事情は、マネージャークラスの一部が自家用車(10%ほど)、残りのうち、男性スタッフの半数が100-200cc小型バイク、更に残り半数の男性と女性スタッフがバスやメトロなどを乗り継いで通勤しているようである。

メトロ、オート・リキシャ、リキシャ

左からメトロ、オート・リキシャ、リキシャ(筆者撮影)

配車アプリの位置づけ

ここからは、配車アプリについて詳しく見ていきたい。第一に、他国では“ライドシェア”とも呼ばれるサービスであるが、インドにおいては、単純な配車サービスとして提供されていることが大きな違いである。サービスに使用される自動車は、個人所有ではなく、商用車ナンバー(黄色)の取得が義務付けられている。

●熾烈な戦い:OLA vs UBER

ライドシェアは、世界各国で陣取り合戦が続き、東南アジアなどでは既に勝負が決した感があるが、インドでは依然としてUBERと地場のOLAが熾烈な争いを繰り広げている。両社ともに、次々とプロモーションを投入しており、携帯電話の画面が両社からのプロモーションを伝えるプッシュ通知で埋め尽くされてしまうことがあるほどだ。筆者の印象では、価格と登録ドライバー数の多さでUBERがやや優勢でないかと感じる。OLAは、オート・リキシャをリクエストできる機能や、車内にモニターを設置してエンタメを提供したり、無料WIFIが利用可能だったりと、インド市場にローカライズされたサービスが特徴であるが、私自身も価格面と到着までの時間の短さからUBERを選択する事が多い。また生活者向けサービス以外でも、ドライバー確保のため、自動車メーカーと連携して新規ドライバー希望者向けに有利な自動車ローンを提供するなど、激しく競っている。

若者のクルマ離れは進むか?

現在、世界的なトレンドとして、若者を中心に「所有からシェア」への流れが進んでいると言われている。
インドは、このトレンドが顕著なデジタルネイティブ世代の人口が世界で最も多いことから、将来の自動車市場へのインパクトが特に大きいと言えるであろう。

実際に、現地生活者や弊社の若手社員に話を聞くと、車の保有は必須ではないという声を聞くことが少なくない。
曰く、OLA/UBERを使えばいいじゃないかと。メンテナンスなどに手間をかけたくないという声も多く聞く。
休日の過ごし方では旅行や外食を挙げる方が多く、消費の優先順位が資産などの「所有」から旅行などの「経験」に変わりつつあることは、現地で日常的に接する生活者、情報やサービスを見ていても実感するところである。

インドにおいても、他国のライフスタイルが、ソーシャルメディアを通じてリアルタイムに入ってくる。
若者の価値観とそれに伴うライフスタイルが急速に変化しているのは間違いない。
これを端的に示す例として、あるトレンドウォッチャーの印象的な発言を紹介したい。
それは、若者を中心としたインド人の憧れが「ボリウットスター」から「ハリウッドスター」に変化しているというものだ。

これも海外のセレブリティのSNSを気軽にフォローでき、最新の情報に簡単にアクセスできることによる価値観の変化を如実に表した例といえる。
(なお、インドにとっての憧れの対象は欧米諸国であり、日本が憧れの対象となることがありうる東アジア・東南アジアとはその点で全く異なっている。)

インド人にとっての自動車

生活者の変化は確実に起きている。ただし、現地で市場を見ているリサーチャーの視点として、自動車の所有に関する意識はそれほど急速に変わらないのではないかと考えている。その理由のひとつが、多くのインド人にとって自動車を所有することは、依然としてある種の「ステータスシンボル」であるからである。もちろん、他の国でももちろん自動車にそのような側面はあるだろうが、インド人にとっての重要度は他国より高いように感じる。インド人生活者を理解する上で重要なキーワードのひとつとして、「目立ちたがり屋」「見栄っ張り」などの意味で使われる「Show-off」がある。インド人にとって、人前で目立つこと、自分を大きく見せることは重要で、それを端的に表現できるのが自動車である。

もう一つの視点として、家族を大切にする価値観が影響すると考えている。自動車のオーナーにインタビューをすると、未婚者で初めてクルマを購入する場合でも「ファミリーユース」を重視したり、家族に意見を求めたりすることが少なくない。週末には家族揃って親戚を訪ねることも一般的だ。自家用車の購入はライフステージとの関わりが強いが、インドは先進国と比較すると依然として未婚率が低く、結婚後も大家族で暮らすことが多いことから、家族みんなで出かけるためのツールとしての自動車の役割は残っていくのではと考えている。

もちろん、上記のような考え方やライフスタイルが、まさに今後急速に変わっていくことに疑いの余地はない。だが、最後にもう一つの重要な視点を強調しておきたい。それは、最新のトレンドに合致するのは、巨大な人口を抱えるインドのまだまだごく一部だという点である。当地に暮らしていると、急速に変わるインドを目の当たりにする一方で、変わらないインドを実感する機会がそれ以上に多い。だからこそ、自動車に関する意識もそれほど劇的に変化するとは思えないのである。

さて、私はこの文章を5年後・10年後見返したときに、どう感じるのであろうか?リサーチャーとしての視点は間違っていなかったと思うのか、それとも。。。

著者プロフィール

India_map.png
伊藤 澄人(いとう すみと)

インテージ随一のアジア調査のスペシャリスト。
デリー駐在は4年目に突入。インド赴任前は、バンコクにて4年半、ASEAN各国で多くのお客様のマーケティング活動をサポート。公私問わず、ローカルの生活を自ら体験して情報を得ることを信条としている。
駐在員コラムの記事一覧はこちら

関連記事