【駐在員コラム】Vol.15 日本人が知らないGrabによる流通革命の今

【目次】

1. はじめに

つい先日、と言っても8月のことだ。今年2回目となる日本でのタイセミナーのため、3月時点のプレゼン資料を見返した時のあのショックが忘れられない。確かにアジアにおける物事の変化の速さは眼を見張るものがあり、タイに住むようになってからは尚更その変化を体感して来たつもりだ。しかし、たった5ヶ月でここまでダイナミックな変化があるとは流石に予想以上である。それは、Grabによる流通革命とでも言うべきものだ。Grabについて私は折りに触れその存在意義を発信してきた。日本でのタイセミナーにおいても、最も質問が多く寄せられたのはGrabに関するその詳細であった。日系企業はどのようにGrabと共存共栄できるのか。今回、改めてGrabに関する考察を行いたい。これがタイにおける販売戦略を検討する一助となれば嬉しい。

2. 改めて、今。Grabとは何なのか

Grabとはヒト・モノ・カネ・情報の効率的移動を実現する“魔法の生活インフラ”である、とあえて言わせて欲しい。当初、ライドシェアとしての機能から始まったGrab。Uberのようなタクシーアプリという言い方の方が分かりやすい向きもあるかもしれない。Grabはクルマを所定の場所に呼び、アプリ上で予め自分が指定した場所までの移動を、従来のメータータクシーでは必ずしも充分ではなかった明朗会計と共に実現した。日本人向けの旅行ブログ等で紹介されているのはほぼこの機能だけだが、これはGrabの重要な機能ではあるものの、氷山の一角にしか過ぎない。

以下のスライドはタイセミナー用の資料から抜粋したものである。3月時点では7種類のサービスしか展開していなかったのが、8月時点では10種類のサービスにまで増えていた。そして11月には更に1種類のサービスが追加され、驚くべきスピード感で成長を続けているのだ。ユーザーにとって、より使いやすいアプリへと常に進化している。

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3. ヒトのモビリティ

ヒトのモビリティについては、既にコラムとして紹介しているので、そちらを参照していただきたい(【駐在員コラム】Vol.4 タイのライドシェア事情―Grabの影響力についてー)。ヒトのモビリティは乗客側の利便性に偏りがちであるが、私が試算したところによれば、350万円を切る価格程度の新車であれば、Grabドライバーとして、つまりサービス提供者として登録し、一定の稼働を行えば、4年でローンを組んだ場合に十分に月々の返済は相殺できる。つまり、買えなかったかもしれないクルマを買うことができる機会がGrabによって得られるのだ。「ライドシェア拡大=クルマを買わない社会」という考え方を根本的に改めるべきだろう。

因みに、タイ有数の財閥であるセントラルグループが2019年1月にGrabに資本を入れたと報じられた。実は今も非合法な存在のGrabではあるが、このニュースを聞いた瞬間、いずれ近い将来に合法化される、と思った予感は的中し、2020年の早いタイミングで合法化される手続きが進められている。財閥という力学や思惑が働いているとは言え、Grabという仕組みがもたらすベネフィット、つまり雇用を生み出し、経済を活発化し、社会的な生産性を上げ、より良い暮らしの実現に貢献したいというGrabの企業理念によるところが大きいように思う。
現在Grabで予約出来るヒトの移動手段としては、普通のTaxiは当然として、一般人の運転する自家用車、バイクを始め、BMWのような高級車、SUVはおろか、シートがそのまま車椅子として利用できるような福祉車両まである。そして、ついに運転手をオンデマンドで呼ぶことも出来るようになった。

4. モノのモビリティ

Grabはこちらから出向かなくても、向こうからモノが届けられる仕組みをも提供している。Grabのサービス名としてはGrab Food、Grab Grocery、Grab Deliveryと呼ばれ、とりわけ忙しく働き時間効率を重視する人々の多い都心部において、もはや必要不可欠と言っても良い程身近なものとして多く利用されている。

Grab Foodを使って注文すれば、食べたい店の料理を自分の指定した場所に届けてもらえる。店の混み具合や道路状況にもよるが、「今調理中です」「あと何分でお届けします」のようなリアルタイムな配達状況もアプリで確認することができる。まとめて注文すれば「配送料無料!」や、「今ならジュースが無料!」などプロモーションを受けることもできるので、我社の社員は昼食で利用することが週に2~3回はあると言っている。ペプシコーラはお店とコラボをしているのか、Grabと組んでいるのか、料理の注文をするとサービスでペプシがついて来ることが多い。これはペプシが単に人気だというだけの理由かもしれないが。

GrabFoodイメージ図

最近米国や中国で流行りの、キッチンのみで来店客を前提としないキッチンだけのレストラン、所謂ゴーストレストラン(バーチャルレストラン)は既にタイでも盛況である。Grabは当初インドネシアにおいてその実験を重ねて、タイでも展開をした。今年の中頃、私の住むエリアに人目につかない駐車場の片隅で新規オープンしたタイレストランが好例だろう。明らかに大通りから奥まった場所の立地で、立て看板こそあれ、一体どういうセンスでここに出店したのかと頭を傾げた記憶がある。内装も簡素極まりなく、例えるならば日本の立ち食いそば屋のような仕上がりにも満たない。周囲にはそれなりに高級路線のレストランが立ち並んでいる中で、一体この店はどのように生き残ろうとしているのか、と。その答えは直ぐに分かった。どうしても気になってその後の様子を毎日チェックしていると、店内で飲食している客は殆どない中で、店の外にはGrab等の宅配バイクの列が日に日に増している。この店舗はGrab等の宅配注文を中心にしているゴーストレストランだったのである。お店のホームページを確認したところ、店舗所在地の後に「Grab」と明記してある店舗が複数あった。ここが有名店であることは後になって知る事となったが、客としてはわざわざ混んでいる店に行って並ぶよりも、自宅等の自分によって都合の良い場所でその料理を楽しめるし、味で勝負している店にとっても座席数という制限がなくなるため、相互にメリットがあるといえる。

Grab Foodはその後進化を重ね、ついにGrab Food (Walk)というサービスを始めている。それまでバイクがなければ配達員になれなかった仕組みを、注文するユーザーの1km圏内であれば、徒歩でも配達員になれることを可能にしたのだ。つまり、Grabの提供するサービスを担うことができる人の絶対数を劇的に増やせるのだ。移動距離を少なくし、配達員網を細かくすることで、配達時間短縮という注文者にとってのメリットを高めるのみならず、バイクを持たない人でも配達員になれることによって新たな雇用を創出するというあわせ技がポイントであろう。私が通うタイ語教室付近でも、Grab Foodの配達バッグを抱えた青年を見かけた事がある。彼は街中にあるシェア自転車に乗って颯爽と配達に向かっていた。わざわざ歩かずに無料のシェア自転車を活用するのは確かにアリだ、と感心した。Webサイトの情報によれば、1回の配達で50バーツ(約180円)が得られるという。タイに住んでいる身としては、配達員としてどのような経験ができるのか気になって仕方がないので、早速応募を試みたのだが、残念ながらタイ国民のID番号が無いと登録は出来ないと電話であえなく断られてしまった。しかし、その電話が来たのもアプリで登録したそのすぐ後で、対応の速さには舌を巻いた。

さて、そのゴーストレストランに着想を得た私は、では料理ではなくドラッグストアで売っているような商品で同様の事ができないかと考えた。あるいは、更に進んでメーカー直販というモデルは可能なのか、と。無店舗であってもGrabを通じて商品を消費者に届けることが出来るのではないか。
実際、Tops等のようなスーパーマーケットはGrab Groceryに“出店”している。Grabを使えば、実店舗に行かなくてもTopsで売っている商品は生鮮食品を中心に買うことが出来る。しかも配達時間帯まで指定が可能だ。居住地付近の実店舗を指定して、その店にGrab経由で注文をすれば、Grabの配達員が品物を届けてくれるという仕組みとなっている。しかし、この場合は店舗数の多寡が利用者の利便性を大きく左右してしまう。店舗数が少なくても消費者にとっては魅力的な品揃えの店であれば、あるいは、店舗は持たないが魅力的な商品を製造しているメーカーであれば、Grab Foodのように“ゴーストショップ”、つまりGrab Foodで言うところのキッチンに相当する倉庫機能を持つことによって、Grabを通じてより多くの消費者とのタッチポイントを得ることが可能になるだろう。

私はこれを確かめたくて自主調査を行った。弊社の調査結果によれば、Grab Groceryの利用率はまだ10%ほど。(図表1)

図表1

Grab Groceries利用実態

しかし、Grab Groceryでのドラッグストア系商品に対する購買ニーズは80%を超えている。(図表2)

図表2

Grab Groceriesアプリ利用意向

倉庫を構えるということに一定のハードルはあるかもしれないが、Grabの優れた点の一つは既に配送網としての配達員が今日にでも活用できる点にある。一定の物量を前提とした配送サービス(Grab Subscription)は、既にサービスとして提供されている。
また、ハイネケンはGrabと提携してビールの宅配サービスを9月に発表している。メーカー直販モデルはGrabで現実のものとなっているのだ。

5. カネのモビリティ

カシコン銀行の口座を保有していればGrabのキャッシュレスサービスGrab Pay Walletを利用することが出来る。今後Grab Pay Walletが使える店舗やサイトが増えるに従い、Grab FoodやGrab Taxi等以外のデータも解析対象となり、より消費者の利便性が増す可能性が高まることが期待できるであろう。

そして、個人的には“Grab Regi”なる新たなサービスが提供されないかと非常に期待している。先述のように、Grab Foodを使えば食べたいレストラン(実際にはレストランではなくとも屋台の料理でも可能)の料理を自分の好きな場所まで運んできてくれるサービスは十分に整っている。一方、Grab Foodで注文が出来る店に足を運んでみたい時もあるものだ。Grab Foodで注文する際はアプリを使ったカード決済が基本なので、後は配達を待つだけ。つまり決済はアプリ上で先に終わっている。一方、実際の店舗において、決済は食事の後であることが普通だ。すべての飲食店に当てはまるとは思っていないものの、何故か私の経験上では「お会計!」の後に相当待たされることが多い。Grab Foodで注文できる店にも関わらずどうして・・・、というのが心理として大きいが、Grab Foodで注文できるのであれば実店舗内のレジシステム含めてGrabが提供し、そのデータを解析して店舗運営に活かしたら良いのにと考えてやまない。

さらに言えば、実際に店舗を訪れる客に対しては、事前予約注文も可能にできるはずだ。今のタイ、とりわけバンコクにおけるサービスの付加価値に“時短”は欠かせない。時間の有効活用を実現できるサービスである程、支持される可能性が高いのだ。それは、車で通勤するのに往復で1日3~4時間程も費やさざるを得ない交通事情や、共働きが当たり前の社会、そしてクルマによる子供の送り迎えの時間など、日本よりも1日の中で自由に使える時間が少ないのがタイなのだ。1日24時間という条件は世界共通ではあるが、睡眠時間を差し引いた実質的に使える時間の内訳で考えると、日本人よりも時間効率を求める社会と言える。

6. 情報のモビリティ

Grabアプリにはリワードという利用額に応じて発生するポイント制度がある。このポイントを使って、様々な特典を享受できる。私が一番嬉しかったのは映画無料券だ。他にも、スタバやファストフード等で利用できるクーポン、フィットネスクラブの利用券など様々な用途にポイントが活用できる。それらは非常に目まぐるしく変化しているので、常に同じようなポイント還元を期待することはできない。例えば、Huawei P30 Proの新製品の発売に合わせて大々的なキャンペーン(これは抽選形式)などが行われている。このように、ポイントの用途そのものがプロモーションとなっている。Grabはメディアとしての機能を果たしていると言えよう。

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旅行や出張でGrabを利用する時に、このようなリワードを意識することは稀と言えるが、実際に生活のインフラとしてGrabを活用していると、そこにおけるプロモーションは新たな商品やサービスとの接点として、非常に重要であると感じる。
こういったオンラインでのメディア機能とは別に、Grab Taxi(Car)を例に取れば、Grabにおける所謂商品サンプリングを行うプロモーションの場としての価値もありそうだ。移動を目的にGrabを使うユーザーが多い中、移動中のクルマの中でサンプリングをしたらどうなるか。とりわけ、歩道を通行中にサンプリングされる場合と比較して、商品に対する理解や認知に優位性があるのではないか。移動中の車内において、仮にあまり身近ではない商品をサンプリングされたとして、その商品に関する情報を調べる時間は、歩行中の路上サンプリングに比べて遥かに落ち着いて取り組めるのではないだろうか。あるいは、「Grabに乗ったらこんなものもらっちゃった!」といったSNSにおける口コミも期待できるかも知れない。

これは仮説であり確認をした話ではないのであるが、こういったメディア機能からGrabが得ている一定の広告媒体費があると思われる。その収益はドライバーや配達員に還元されていると想像している。実際、Grabドライバーの募集には「週に2万バーツ(約7.2万円)稼げます」と書かれている。もちろん本人の稼働次第ではあろうが、ヒトのモビリティで述べたように、自動車ローンの返済は現実的であるばかりか、下手な仕事よりも余程魅力的な所得である。バンコクで月に50000バーツ(約18万円)以上の世帯所得は上位20%の水準に相当する。また、先程のGrab Foodが1回の配達で50バーツ(180円)という点。タイティー1杯50バーツで買えることを考えても、注文料金の何%かが配達員の懐に入るような仕組みでないことは明らかだ。1トリップの売上を会社とドライバーや配達員がシェアするという発想を持たず、収益源を他に確保し、気持ちよく働いてもらうための報酬を惜しまない。Grabはそういうビジネスモデルに違いない、多分。

7. 最後に

このように、Grabによって人々の生活スタイルは大きな変化を遂げている。これまでは主にヒトの移動手段に過ぎないと思われていたのかも知れない。が、とりわけモノと情報のモビリティという観点で、今後Grabが果たす役割は大きいと考える。無店舗であってもGrabを通じて商品を消費者に届けられる可能性については、大いに検討の余地があると思うが、その前提として店舗自体の知名度は重要となる。所謂ショーケースとしての旗艦店はどうしても必要であろう。また、それとは別にGrab Taxiや Grab Carの車内におけるサンプリングという手法の可能性は、とりわけ新商品については今後Grabのサービスとして登場してもおかしくない。Grab Regiは個人的にとても期待が高い。これはこれで流通革命とはまた別次元のデータ革命の可能性を帯びており、Grab Pay Walletと併せて今後注目をしていきたいと思う(まだ空想レベルだが)。

関連記事:【駐在員コラム】Vol.4 タイのライドシェア事情―Grabの影響力についてー

著者プロフィール

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青葉 大助(あおば だいすけ)
タイ在住40代男性リサーチャー。過去に訪問した調査実施国数は30か国以上。当該国の消費者にとってのベストを求め、常に彼らの気持ちに寄り添うことを信条としている。
1日約1000回閲覧される自身の世界グルメ投稿もタイを中心に意欲的に継続している。
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