【デジタルストラテジストの視点】Vol.2 国内モバイルペイメント決戦(後編)〜収益化戦略から見える利用率の意味〜

この度、「生活者の価値観から考える日本のキャッシュレス化の今後」と題し、自主企画調査の結果を公開しました。本コラムでは、この調査結果とモバイルペイメント各社の戦略を照らし合わせながら、日本のキャッシュレス化は今後どのような展開を見せるのかについて、ビジネス・ストラテジストの巳野 聡央 ( みの あきひさ ) 氏の解説を、前編・後編の 2 回に分けてお届けします。

後編では、今回の調査結果から予測された最大利用率 51.8% という数値をモバイルペイメント各社のビジネス戦略に照らし合わせながら、日本のキャッシュレス化は今後どんな展開を見せるのかを検討します。

※前編はこちら

最大利用率の予測結果 50% の意味合いは、各社の戦略ごとに異なる

今回の調査で、消費者が求める要素をすべて盛り込んだ理想的なモバイルペイメントの利用率をシミュレーションした結果、最大で 51.8% という数値でした。

もともとモバイルペイメント事業は、決済総額の 1% 程度しかサービス提供企業の売上にならないので、広告、E コマース、コンテンツ課金などインターネットのビジネスモデルと比較すると利益率は決して高くありません。しかもその 1% のほとんどをユーザーへのポイント還元や法人営業、セキュリティインフラなどに投資する必要があるため、短期的にも長期的にも事業単体ではほとんど利益がでないことが推測されます。先日、ヤフーを手掛けるZホールディングスとLINEの経営統合というビッグニュースが飛び込んできましたが、これもこのモバイルペイメント事業での投資が膨らんだことも一因となっていると言われています。

収益性という観点ではモバイルペイメント事業はあまり魅力的ではなさそうです。それにもかかわらずなぜ各社はこの事業に力を入れているのでしょうか。シミュレーション結果の 51.8% を読み解くには、各社のビジネス戦略とモバイルペイメントの位置づけを照らし合わせて考える必要があります。

オンライン広告におけるモバイルペイメント

まず、広告事業を収益の柱にしている会社について考えてみましょう。オンライン広告市場の成長の原動力は、ユーザーのインターネット利用時間の増加に加えて、コンバージョン計測に基づいた効果測定が挙げられます。モバイルペイメントサービスの提供によりオフラインのコンバージョン(店舗での購買情報)を取得することで、自社の広告メディアの価値を高めてオンライン広告事業をさらに拡大するというのが、広告事業をメインにしている会社の戦略であると考えられます。広告事業は利益率が非常に高いため、モバイルペイメントが赤字でも会社としては十分に利益を期待できるでしょう。

しかしながら、このビジネスモデルの場合はモバイルペイメントの利用率が 50% では十分とは言えません。仮に 50% の人が利用したとしても、その決済機会の50%を占めているわけではありません。その結果、計測漏れする購買行動が多数発生し、広告効果が実際よりも低く評価されてしまいます。短期的に広範なカテゴリで高い利用率を実現するのは難しいでしょうから、漫然とユーザー数や加盟店数を増やすのではなく、広告主の潜在需要が大きいカテゴリを選定して、そこでの決済シェアを上げていく戦略的な打ち手が求められます。

金融サービスの入り口としてのモバイルペイメント

次に、証券・保険・ローンなどファイナンス事業で高い収益性を実現しようとしている会社について考えてみましょう。利益率の低い一般消費者向け事業を運営する企業が、そのブランド力や顧客基盤を活かして、次の収益の柱としてファイナンス事業を展開するというケースは、インターネット事業者に限らずとも家電や自動車などの製造業や一般小売業も含め、よくある事業戦略です。

このビジネスモデルの場合、単純な50%という利用率よりもファイナンスサービスと相性の良いユーザー層を獲得できるかが重要になります。例えば、資産運用に関心の高い高所得者、人生設計を意識し始めるライフステージ、そしてローンを求める旺盛な消費性向など。割引やポイント還元を重視して、ブランドスイッチを繰り返す節約志向の強いユーザーを多く獲得しても、その先の収益化は限定的だと考えられます。

自社経済圏拡大のためのモバイルペイメント

次に、ファイナンスサービスだけではなく、Eコマース、コンテンツ配信からフードデリバリー、オンラインクーポンまで幅広い事業ラインナップを持つ会社について考えてみます。このタイプの会社では、サービス間のシナジー効果を高めるために独自のポイント制度を設けていますが、その発展としてオフライン店舗でも利用できるモバイルペイメントに参入することで、さらに自社経済圏を拡大することができます。

このビジネスモデルの場合、重要なことは顧客数の拡大よりも顧客内シェアの拡大なので、ユーザー普及率が 50%でも十分に成立する可能性があります。むしろ、一人のユーザーが生活で消費する金額のどれだけを自社経済圏で完結することができるかが重視されるため、彼らが日常的・定期的に利用する生活密着型サービスを加盟店に加えていくことが求められます。また、サービス間の相互送客効率が収益性につながるため、 1 業種 1 社というように絞り込んだほうが加盟店にとってはその経済圏に入る合理性が高まります。特に、ガソリンスタンドのような差別化がほとんどされていないカテゴリの場合、 ユーザーにとっても 1 社に絞り込まれるデメリットは少ないでしょう。

シェアリングの促進剤としてのモバイルペイメント

最後に、シェアリングサービスを提供する会社について考えてみます。フリマ、民泊、カーシェアなど、現在広がりつつあるシェアリングビジネスは、事業者が消費者向けに物・サービスを一方的に提供するという従来型ビジネスとは異なる領域として、今後さらに伸びていく可能性があります。シェアリングプラットフォームは、ネットワーク外部性が働きやすく、手数料率も高めに設定することができるため、他のビジネスモデルに比べ一度成立すると高い収益性を持続できるという強みもあります。

このビジネスモデルの場合、シェアリングで個人が手に入れたお金をモバイルペイメントとして他で利用できるという体験によって、シェアリングの利用動機をより一層高めることが狙いとなります。また、シェアリングを成立させるためにはユーザーの相互信頼が必要ですが、モバイルペイメントと信用スコアを組み合わせることで、従来の現金決済ではシェアリングが難しいとされていたような領域にもこの新エコノミーが適用できるかもしれません。その意味では、従来型の取引における利用率50%よりも、今後広がるシェアリングエコノミーにおける利用率が重要と言えるでしょう。

このように、収益化を成立させるために必要なユーザーベース(クリティカルマス)は各社のビジネスモデルによって大きく異なります。最高のスペックでのモバイルペイメント利用率が 50% という調査結果は、このようなビジネス戦略と照らし合わせてはじめて、真の意味が読み解け、有益な情報となると言えます。

モバイルペイメント利用率が 50% を大きく超えるための要件は何か

実は、ここで解説した収益化施策を全て統合したような戦略が、中国や東南アジアで急速に広がる「スーパーアプリ」です。その代表格はアリペイやWeChatペイですが、PayPay陣営が決済アプリからスーパーアプリを目指すと明確に言及したことで、日本でもにわかに注目を集めるキーワードとなりました。

先日のZホールディングスとLINEの経営統合の発表を受けて、このスーパーアプリ構想を実現するための最も合理的で理想的な組み合わせであると指摘する専門家もいます。このスーパーアプリという大きな方向性が本命だったとしても、それは複数の収益化施策の集合体です。結局のところ、各収益化施策は異なるビジネス論理が働いており、各施策のモバイルペイメントの戦略的な意味合いの違いを理解する重要性は変わりません。

ただし、各施策によって利用率 50% の意味が異なるとは言え、最終的にスーパーアプリを目指すのであれば、限りなく利用率を高めていくことが求められます。そこで日本が過去に経験した 2 つのインフラの普及事例を振り返って、生活者のモバイルペイメントの利用率を向上させるシナリオのヒントを探してみることにします。

以前の生活には戻れないと思わせるキラーコンテンツ

1 つ目の事例は、ナローバンドからブロードバンドへの移行です。国内における普及のきっかけは、ヤフーBB が街角で ADSL モデムを無料配布して誰もが常時接続のブロードバンドを利用できるようにしたことでした。その後、競合各社が追従してブロードバンドは当たり前となりました。この不可逆な流れは なぜできたのでしょうか。それは、一度ブロードバンドを体験すると、二度とナローバンドには戻れないと思わせるだけのキラーコンテンツがあったからではないでしょうか。

ただし、キラーコンテンツとインフラの浸透は鶏と卵のようなところもあります。ブロードバンドが普及し始めた当時、ブロードバンドならではの大容量の動画コンテンツなどが提供されていたわけではありません。ブロードバンドのユーザーが増えたことによって、動画配信や音楽配信がサービスとして成立するようになり、後からブロードバンドならではのサービスが増えていったというのが実情です。

そこでブロードバンドが広がった理由を別の角度から考えてみましょう。カギとなったのは「常時接続」です。ナローバンド時代は、夜中しか使い放題ではなかったり従量課金だったりと、料金を気にしながらインターネットを使っていました。ところがブロードバンドは、固定料金でいつでも使い放題という点が魅力として評価されました。そして、インターネットを昼夜を問わず日常的に使えるようになり、ニュース、Eコマース、ネットバンキングなど生活に密着したサービスが広がっていきました。

既存製品では満たされないユーザーの潜在ニーズを捉える

2つ目の事例は、フィーチャーフォン(通称:ガラケー)からスマートフォンへの移行です。現在のスマホ全盛の社会を生活している我々からすると、ガラケーからスマホへの移行は必然の未来だったようにも思います。しかしながら、最初の iPhone が発売された時、日本ではユーザーの様々なニーズに対応した多機能なガラケーが人気を博しており、スマホの普及は限定的だとする論調もありました。実際、当時の iPhone はまだダウンロードできるアプリも機能も少なく、現在のような「スマホならでは」の体験は限られていました。それにもかかわらず、今日スマホが支持されてここまで普及するきっかけとなったのは、今の「スマホならでは」の利便性とは別の理由があったと考えられます。

その一つに iPhone ならではの「ファッション性」があげられます。初期のユーザーは iPhone の持っている先進性やデザイン性という情緒的価値に魅力を感じ、ファッションアイテムとして評価していたという点です。人気キャラクターから高級ブランドまで様々なカバーや周辺アクセサリーが販売されて一大市場となりましたが、これは同じ端末をみんなが持っているから成立するビジネスです。ガラケーでは各社が異なるモデルを販売していたので、このような市場は成立しません。また、既存の携帯電話ではなく iPod という音楽プレイヤーの延長線上で iPhone が生み出されたこと、すでにデザイン性の高いブランドとして確立していたアップル製品であったこと、なども iPhone の情緒的価値を相乗的に高めたと思われます。ガラケーと iPhone の 2 台持ちという当時みられた現象も、それだけ iPhone に利便性ではない所有欲を刺激する魅力があったからでしょう。

このように、ブロードバンドも iPhone も、本来の機能性や利便性の向上といった直線的な進化ではなく、質的な変化を伴う「斜め上からの切り口」がきっかけとなって浸透が進んだといえるでしょう。
モバイルペイメントの普及率をさらに上げるには、このような斜め上からの切り口が必要なのではないでしょうか。モバイルペイメントならではのユーザー体験や情緒的価値を実現することこそが、本来赤字を出してでも取り組まなければならない最も重要な施策となるはずです。モバイルペイメントを利用している人たちの隠れたニーズを明らかにし、それに紐づくサービスや価値を提供できれば、「もう現金決済には戻れない」という状態を生み出せるかもしれません。
残念ながら現在のポイント還元競争や加盟店獲得競争ではキラーコンテンツにはなっていません。その証拠に、各社キャンペーンで獲得した大量のユーザーの継続利用率の低さが大きな経営課題となっています。ポイント還元や加盟店の多さを訴求するだけではなく、今まさにモバイルペイメント各社には生活者のインサイトに基づくマーケティング発想が求められているといえそうです。

著者プロフィール

巳野 聡央
MINO COMPANY 代表
巳野 聡央(みの あきひさ)

慶應義塾大学総合政策学部卒。 調査会社にてキャリアをスタート。その後、コンテンツ投資会社を経て2007年に独立。さまざまなプロジェクトに参画しながら、2011年にGoogle入社。同社ではエンジニアや統計専門家を含むグローバルチームと共に広告効果測定プロダクトの開発、およびAPAC・日本国内における普及活動に従事。アドテクノロジーを活用した実験計画、多次元時系列データから因果を推論するベイジアンモデリング、深層学習や機械学習を使ったオンラインログデータの解析など、最先端のマーケティング・サイエンスのプロジェクトを主導。2018年末にコンサルティングおよび新規事業開発・投資事業を行うMINO COMPANY(正式名称:MINO合同会社)を設立。

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