アンバサダーを起用して
成功したマーケティングとは
(後編)

ここで、ワークマンの「アンバサダー・マーケティング」の取り組みが、従来のマーケティング手法とどこが違っているのかを解説してみたい。メディア戦略と製品プロモーションの方法におけるイノベーションで説明できるように思う。
メディア戦略が変わる
アンバサダーを採用したことで、ワークマンのメディア戦略は大きく変わることになった。テレビで放映していたCMは極力減らして、広告予算はマス広告からSNSの活用に配分しなおした。新商品の告知や情報の拡散は、ほとんどはアンバサダー(ブログやSNS)に任せることにした。
一方で、ワークマンの広報部は、アンバサダーの露出にも努めている。広報部のリリース記事やメディアの取材には、率先してアンバサダーに登場してもらっている。彼らが有名人になることで、個人のメディアへのアクセスが増え、SNSの発信力が高まっている。
ただし、アンバサダーに対する報酬は、インフルエンサーを活用していた時とは異なり、現在は無償である。金銭的に補償すると、お金が目当てになるからである。アンバサダーの参画動機は、あくまで「仲間から共感を得たい」「便利さや楽しさを伝えたい」などにある。
なお、開発段階にまで消費者を巻き込み、製品の評価や改善のアイデアを企業が活用することには前例がある。消費者参加型のネットワーク(コミュニティ)が商品開発に寄与した事例としては、化粧品分野の@コスメがある。また、生活雑貨カテゴリーでは、無印良品が運営していた「空想生活」などの例がある。

製品浸透のためのプロモーションの進め方
新製品の開発からプロモーション活動まで、アンバサダーが関与するプロセスを時系列で見てみることにする。新商品の発売にあたって、初期の話題提供から発売後のフォローに至るまで、企業とアンバサダーが役割を変えながら、市場とコミュニケートする一連のプロセスを独自に構築したことがユニークな点である。
ここでは、新製品の情報を浸透させるための方法を紹介する。メディアの使い方とインタラクティブなコミュニケーションの推移を、ステージごとに分けて解説する。以下の概説は、林 知幸部長の講演(2023)を参考にしている。
ワークマンでは、新製品の情報を拡散するプロセスを5つの段階に分類している。前半の2つの段階は、アンバサダーが組織内で情報発信に関与する「アンバサダー・マーケティング」の段階である。後半の3つの段階は、公式プレスリリース後の情報拡散のステージになる。なお、( )内の説明は、サリーさんのコラボ商品「綿かぶりヤッケ」の事例での時系列推移データである。

情報拡散のための5つの段階
アンバサダー・マーケティング
【ステージ#1】アンバサダー・マーケティングの前期
ワークマンがアンバサダーと共同開発のスタートを告知する段階。情報発信の仕方は、アンバサダーがSNSを通して「ワークマンと製品開発をやるよ!」などの形で、フォロワーの期待感を煽る。開発初期では、アンバサダーに優先的に情報が提供される。漠然としたニーズが、実際の商品に結実していく(4月15日~8月25日、期間は長い)。
【ステージ#2】アンバサダー・マーケティングの後期
デザインや基本機能が決定すると、プロジェクトに関与していないアンバサダーにも製品情報が共有される。フォロワーを抱えて影響力があるアンバサダーが、まずはYouTubeで、それに続いてツイッターで製品の情報を発信する。ワークマン広報部は、SNS情報を自社のWEBに転載する(8月26日~9月4日、一週間から10日間)
公式的なプロモーション・マーケティング
【ステージ#3】一般客向けのプロモーションの前期
公式プレスリリースを通して、製品情報がWEBメディアに露出される。ツイッターがそれに反応し始める。SNS上の不正確な(誤った)情報を、公式メディア(自社WEBやリリース記事)で修正をかける(9月5日~9月13日、ほぼ一週間)。
【ステージ#4】一般客向けのプロモーションの中期
一般客に、SNSで情報が伝搬していく。UGC(ユーザーが発信するコンテンツ)が話題を生む。当初は文字情報がツイッターで、遅れてインスタグラムの画像が拡散する。
【ステージ#5】一般客向けのプロモーションの後期
全国・地方のテレビやラジオ番組などで話題になる。自走する段階。

製品のヒット率と目標PB比率
こうして拡散された情報により、ターゲット顧客が店頭に誘引される。この仕組みが完成をしてから約3年になる。販売面ではどのような成果が得られているのだろうか?
注目すべきは、初年度で終売したケースは一件もないことである(製品をリニューアルしたアイテムが2、3アイテムある程度)。
製品開発にプロセスにアンバサダーの協力を得るようになってからの実績は、累積開発アイテム数が約450。現状で、年間の開発商品数は100アイテムを超えている。一般向けの製品では、5年間の生存が基準になる。そこは、クリアしそうな状況にある。ちなみに、プロ向けの製品では、10年生存がノルム(標準)である。
現在、アンバサダーとの共同開発製品は一般向けの製品が1/3の600アイテム、プロ向けが2/3を占めている。将来(2025年)の目標は、これを1/2にあたる900アイテムをアンバサダーとの共同開発することである。
なお、ワークマンのPB開発の歴史を見ていくと、2010年に小濱社長が手袋や雨具でPB開発を初めてから、2019年には全体の4割をPBで占めるようになり2023年3月期には、66%となった。 この比率は、兄弟会社であるホームセンターのカインズのPB比率(40%)より高い。
マーケティングとは(前編)へ株式会社ワークマンアンバサダーを起用して成功した
マーケティングとは(中編)へワークマンから学ぶ、顧客理解と顧客体験デザイン~アンバサダー・マーケティングによる
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役員待遇営業企画部兼広報部部長林 知幸
1996年にワークマン入社。スーパーバイズ部、開発部を経て2020年4月より現職。2018年のワークマンプラス、2020年の#ワークマン女子の立ち上げや、多くのメディアに取り上げられ話題となった「過酷ファッションショー」の企画や演出に携わった。現在ではSNS等のオウンドメディアやアンバサダープロジェクトなどのマーケティング戦略や広報・PR戦略を担当。

1951年秋田県生まれ。1974年東京大学経済学部卒業。法政大学経営学部教授、経営大学院教授、退職に伴い同大学名誉教授。2000年に日本フローラルマーケティング協会(JFMA)、2006年にMPSジャパンを創立。
専門分野;マーケティング、流通サービス、花産業。
トヨタやローソン等各企業のコンサルティングや講演も行っている。
著書に『マーケティング入門』『ブランド戦略の実際』『マクドナルド失敗の本質』『値づけの思考法』『青いりんごの物語:ロック・フィールドのサラダ革命』ほか多数。