先端技術で進化するマーケティング・リサーチ①~生活者全体を捉えるための挑戦~

【目次】

はじめに

みなさんは、氷山モデルをご存じですか。システム思考の基本的なフレームワークのひとつで、「目の前に見えている物事は、実は全体のほんの一部でしかない」とし、表面に現れていない部分、つまり物事の全体像を見るように働きかけるための考え方です。この氷山モデルは、消費者行動やマーケティングリサーチの領域でも用いられています。

私たちインテージ先端技術部メンバーは、まさに表面に現れていない生活者の行動、態度、無意識の認知などを捉え、お客様の課題解決に貢献すべく、顧客支援や自社サービス開発に取り組んでいます。
このコラムでは、生活者の行動、態度、無意識の認知などを捉えるための最新技術の動向や当社が実際に取り組んだ事例、今後取り組んでいく活動を数回にわたって紹介します。

図:氷山モデル
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アンケート調査の限界

生活者を捉える一つの手法としてアンケート調査があります。アンケート調査は、定型化した質問と回答選択肢によって、多くの対象者への聴取、安定した回答の収集、回答の比較が可能であることから世界各国で用いられている一般的な手法です。
1990年代にインターネットが普及し始めたことで、オンラインでのアンケートも手軽に実施できるようになりました。対象者への聴取が迅速かつ簡易にできるようになったことから、オンライン調査は2000年頃から普及し、マーケティングリサーチにおいて、最も一般的な手法となっています。現在のネットリサーチは、コストが低く実施しやすいことに加え、得られた結果が解釈しやすいなどのメリットがある一方で、以下のような懸念点も挙げられています。

① 無意識的な情報を引き出せない

人は、複雑な環境で処理しきれないほどの情報に囲まれているため、特定の情報にのみ意識を向かせ、効率よく情報を処理しているとされます。ここで意識にたどり着いていない情報や瞬間的な感情などは無意識の領域にとどまります。これらの情報は記憶に残らないため、従来の手法では引き出すことができないと言われています。

② 言語の壁がある

例えば自由回答の設問に回答する際、自分の考えや感じたことを一度整理して、言語化する必要があります。しかし、適切な言葉が見つからなかったり、感じたことをうまく表現できなかったりすることがあり、その結果、回答に反映しきれていない部分が生じてしまうことがあります。

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③ バイアスの影響を受けやすい

アンケート調査で起こりうるバイアスには、対象者に由来するものと、調査実施者に由来するものがあります。質問文や自分のイメージに対する懸念などに起因したバイアスがある場合、対象者は思っていることを正直に述べずに回答してしまいます。さらに、調査実施者は自分の仮説を支持するような回答を得るために、対象者を誘導してしまう恐れがあります。

④ 行動との差がある

アンケートで「購入したい」と回答した人であっても、実際の買い物では様々な要因が絡み合い、商品の購入に至らないケースがあります。要因の中には感情的なものや認知処理など、アンケートだけでは捉えきれないものも含まれており、この意識と行動の差を従来の手法のみで説明することは難しいと考えられています。

⑤ 回答が不連続である

通常の調査では、調査対象者が広告視聴や買い物といったタスクに集中できるように、途中で質問したりはせず、タスクの前後でアンケートを実施します。ただしその場合、取得できるデータ範囲が限定的になり、タスクを行っている間に感じたことや思ったことを精緻に把握することができません。

進化し続けるリサーチ手法

上記に挙げた懸念点を補完するため、また、インターネットの普及による生活者の行動変化を捉えるため、リサーチ手法も進化してきました。当社でも新たなリサーチ手法のヒントを得るべく、日々情報を収集しています。

特に注目しているのは、生体反応計測や行動計測を従来のリサーチ手法に加えた取り組みです。これらの手法から得られる計測データは客観性に優れており、対象者が反応を制御しにくいことから、バイアスにも強いことが知られています。また、近年の技術進歩によって、軽量で簡単に装着できる計測機器が開発され、身体的な負荷が低く抑えられるため、実験室実験にとどまらず、自然な環境での反応計測も可能になりました。そのため、下記のような活用が期待されています。(以下、Plassmann et al. (2015) より抜粋)

① 脳内メカニズムの特定

セルフコントロールの仕組みを説明するモデルの一つ「ストレングスモデル」によると、セルフコントロールの働きは脳内の何らかのリソースに依存しています。このリソースの候補として、グルコース(ブドウ糖)が考えられていましたが、脳のエネルギー代謝を計測して検証した結果、「セルフコントロールはグルコースに依存していると考えづらく、短期間のグルコース摂取は脳機能の回復につながらない」という評価に至っています。最近の研究では、グルコースとセルフコントロールの間接的な要因として心理的な役割の重要性が提唱され、脳内メカニズムの特定に向けてさらなる検証が進められています。

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② 無意識的な処理の計測

正直に回答しづらい質問や、自分自身が意識していないことについて話すのは限界があります。例えば、ワインの嗜好では、安いワインと高いワインを飲み比べたとき、高いワインが好きだと回答する人が多くなる傾向があります。しかし、この嗜好はワインの味に由来するものなのか値段に由来するものなのかはその人の回答だけではわかりません。Plassmann et al. (2008) が行った実験では、脳機能イメージング手法の一つであるfMRI※を用いて被験者の脳活動を計測しながら、被験者に異なる値段のワインと見せかけて同じワインを提供したところ、「高い値段の方がワインをよりおいしく感じさせている」という無意識下の脳の働きが明らかになりました。

③ 心理過程の識別

複数人から同じ回答結果を得たとき、それぞれの意思決定の過程は完全に同じものなのか、そうでないのか。その心理過程をfMRIなどの脳機能イメージング手法を用いて比較することが可能になります。
研究例の一つとして、人の情報処理のフレームワークの理解があります。現在議論されているフレームワークである二重過程理論では、人の情報処理は直観・感情的なシステム1と熟慮・合理的なシステム2から構成されていると考えられています。ただ、近年の脳機能イメージング手法の研究結果では、システム1を採用するときに高次の脳機能が活動し、システム2のときは感情などに関連する低次の脳機能が活動することがわかりました。このように二重過程理論では完全に説明できない事象が存在することから、人の情報処理過程はさらに複雑である可能性が示唆されています。
また、他の応用として、ブランドの情報が脳内では人と同じように処理されているかの研究もあります。今回はこの研究について詳しく説明しませんが、興味のある方はYoon et al. (2006) を参照してください。

④ 個人差の理解

脳機能イメージングなどの神経科学的手法を用いて個人差を理解することは、消費者行動をより知ることにつながると考えられます。2007年に発表された研究では、個人のプラシーボ効果に対する反応の差を調べるために、金銭報酬遅延課題(MID課題)を用いました。 (Scott et al. 2007) 
MID課題では、被験者の脳活動を計測しながら、被験者に報酬額を表示し、数秒の待機時間を設けて被験者を「報酬を期待している状態」にさせてから、ボタンを表示します。タイミングよくボタンを押すことで、報酬を得る(あるいは損失を回避する)ことができ、成否の結果は一定の時間を経て被験者に伝えられます。この課題中の脳活動をfMRIで計測することで、報酬の予期(期待)と、報酬を獲得した結果に対する脳活動の反応をそれぞれ分けて評価できます。
研究では、この「期待報酬が大きい時に表れる脳活動」と「プラシーボ効果が表れているときに観測される現象」が関連しており、MID課題時の脳活動の計測結果から個人のプラシーボ効果への反応を予測することが可能であることがわかりました。

⑤ 行動予測の改善

神経活動の測定指標をモデルに組み込むことで、アンケート等の自己申告指標を用いた場合に比べ、マーケティング施策の効果予測をよりよくできる可能性も示されています。Knutson et al (2007) の研究では、回答を選択する前にfMRIで計測した特定部位の脳活動データを用いることで、被験者の選択結果をより精度高く予測することができると報告しています。また、2018年に行われた研究では、広告視聴中の脳波を計測し、その脳波から抽出した周波数領域の特徴量を用いることで、各広告のYouTube上での成功をある程度予測することが可能であることがわかりました (Hakim et al. 2018) 。

マーケティングリサーチ拡張のアプローチ

私たちは、上記で解説したような生体反応計測や行動計測の活用期待を踏まえ、従来のマーケティングリサーチの拡張を進めています。拡張することで、従来のリサーチでは難しかった無意識な反応データが収集でき、より生活者全体を捉えることが可能になると考えています。

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従来のCLT、インターネット調査、デブスインタビューに生体反応計測を加えることで、短期的な消費者の感性評価が行えます。また、ホームユーステスト、リモートインタビュー調査に行動計測を加えることで、長期的な消費者の状態評価が行えます。次号からは、この2つのアプローチを軸として、最新の動向や当社が実際に取り組んだ事例、今後取り組んでいく活動について紹介します。


※fMRI (機能的核磁気共鳴画像法: Functional Magnetic Resonance Imaging) : 医療検査用のMRI(磁気共鳴画像法)を応用し、脳活動を可視化する方法の一つ。人間の意思決定プロセスを扱う実験において用いられることがある。


インテージ先端技術部について:
先端技術部では、データサイエンス領域の知見を活かして、社内外のビジネス課題の解決に向けた先進的技術の活用研究を行っています。データサイエンス・人工知能(機械学習・自然言語処理)を専門とするメンバーが複数在籍しているほか、行動科学・神経科学の実務応用経験を持つメンバーも在籍しており、課題に対する多角的なアプローチが可能です。


参考文献:
Plassmann, Hilke & Venkatraman, Vinod & Huettel, Scott & Yoon, Carolyn. (2015) . Consumer Neuroscience: Applications, Challenges, and Possible Solutions. Journal of Marketing Research. 52. 150109125622007. 10.1509/jmr.14.0048.

Yoon, Carolyn, Angela H. Gutchess, Fred Feinberg, and Thad A. Polk (2006) , “A Functional Magnetic Resonance Imaging Study of Neural Dissociations Between Brand and Person Judgments,” Journal of Consumer Research, 33 (1) , 31–40.

Plassmann, Hilke & O'Doherty, John & Shiv, Baba & Rangel, Antonio. (2008) . Marketing Actions Can Modulate Neural Representations of Experienced Pleasantness. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. 105. 1050-4. 10.1073/pnas.0706929105.

Scott, David J., Christian S. Stohler, Christine M. Egnatuk, Heng Wang, Robert A. Koeppe, and Jon-Kar Zubieta (2007) , “Individual Differences in Reward Responding Explain Placebo-Induced Expectations and Effects,” Neuron, 55 (2) , 325–36.

Knutson, Brian, Scott Rick, G Elliott Wimmer, Drazen Prelec, and George Loewenstein (2007) ,“Neural Predictors of Purchases,” Neuron, 53 (1) , 147–56.

Hakim and Levy (2018) , A gateway to consumers' minds: Achievements, caveats, and prospects of electroencephalography based prediction in neuromarketing, Wiley interdisciplinary reviews. Cognitive Science.

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