成功したマーケティングとは
(中編)

「アンバサダー・マーケティング」が始動する
2018年9月、新業態の「ワークマンプラス」(一般向けのブランド)の一号店が東京西地区(立川立飛店)に出店した。従来のワークマンの店では、専門業者向けに作業服やユニフォームなどを取り扱っていた。ターゲットを変更してのブランド展開は大ヒットとなった。
新しい業態の店舗は、専門業者がふだん利用しているロードサイドではなく、一般人が集まるショッピングモール内に出店した。立地を変えた狙いは、一般の生活者が集まりやすい場所に出店することで、同社製品の高い機能性と低価格を訴求するためだった。
ワークマンプラスの大ヒットを受けて、1年後には過酷ファッションショーが企画されることになった。提案者は、土屋 哲雄専務である。当日は、新宿ルミネゼロに報道関係者約200名が招待された。
わたしも招待客の一人だった。正直に言うと、防水エプロンを羽織って、冷たい雨や雪が降ってくる舞台の最前列に陣取ったわたしは、その場で何が起こっているのかよくわからなかった。広報リリースを見ると、過酷な環境下で使用されているワークマンの高機能性を、猛烈な悪天候を再現した舞台で体験してもらうという説明だった。
この日の舞台は、2部構成になっていた。第1部がメディア向けのステージで、それに続く第2部は、情報の拡散や商品の改良に協力してくれている「アンバサダー」を招いての商品発表会を兼ねていた。
フルジップ型コットンパーカーの開発事例
新作発表会の呼称が、当初の「ブロガー向け」から「インフルエンサー向け」へ、そして今度は、「アンバサダー向け」の商品発表会に変更になっていた。その伏線になったのは、広報チーム(林 知幸部長)が「目視」で発見してきた“サリーさん”の存在だった。
サリーさんは、子育てをしながらキャンプを楽しむ人気のブロガーである。2019年のある日、林部長はPOSデータを見ていて、年間2000枚売れている商品があることに気づいた。この商品は、前年は500枚程度の売れ行きで、一年で4倍に販売量が増えていた。
キーワード検索をすると、「#綿かぶりヤッケ」を着ているサリーさんの画像が目に入った。この商品は、本来は溶接工用の作業服である。SNSのコメント欄に、「これを着ていると、中の服に煙の臭いが付かない」などの書き込みがあった。サリーさんのコメントに興味を抱いた林部長は、サリーさんと連絡を取ってみた。同年3月、オープンしたばかりの「ららぽーと湘南平塚店」で彼女に面会した。
話を聞いてみると、サリーさんは、「綿かぶりヤッケ」をキャンプでBBQやたき火をするときに使っていた。ただし、彼女からは問題点も指摘された。女性が脱ぎ着するときに、髪の毛が絡んだり化粧が落ちたりすることや、火の粉が飛んできて服に穴があいてしまうことなどだった。
開発チームとサリーさんが一緒になって、穴あき防止に工夫を凝らし、ファスナーを全開タイプ(フルジップタイプ)のものに変更することにした。共同開発商品の第一号となる「フルジップ型コットンパーカー」の誕生である。サリーさんは、共同商品開発に関与したアンバサダーの第一号である。ちなみに、改良されたPBの価格は2,500円である。それに対して、従来からあるメーカーNBの値段は、1,965円だった。


アンバサダーの探し方
サリーさんに続いて、林さんの広報チームは、第2、第3のアンバサダーを探してきた。候補者を探して「捕獲」するやり方は、サリーさんのときと同じだった。
① POSデータから、用途開発カテゴリーごと(図表1)に、販売数の異常値を検出する。ちなみに、販売データから異常値を検出してストアマネジメントに活用する手法は「ワークマンのエクセル経営」の基本ツールになっている(土屋 哲雄、2020年)。
② ワークマンのブランド名や顧客の特徴、バイク乗りやキャンプなどの活動をキーワードにして、SNS(ツイッターやインスタグラム)で検索をかける。例えば、「#イージス」、「#バイク乗り」など。そこに書き込まれているコメントや画像で、アンバサダーの候補者を発見する。
③ アンバサダーの典型的なプロフィールは、ワークマンの熱心なファンだが、どこか製品に不満を抱いていること。そして、趣味の仲間をもっと増やしたいと考え、仲間のために活動することを厭わない人たちである。林さんのチームが探してきたアンバサダーは、インフルエンサーのように金銭的なインセンティブでは動かない人たちがほとんどだった。結果的に、彼らは多くのフォロワーを抱えているわけではなかった。
コロナ禍の3年間で、アンバサダーの数は、44人までに増えている。共同開発に携わっているのは、そのうちの約半分の20人である。分野別のアンバサダーの人数は、図表1に示してある。現状では、最多の趣味のカテゴリーは、「キャンプ」である。なお、残りは、新製品の情報発信を担当しているアンバサダーたちである。

アンバサダーのグループは、商品開発と情報発信の混成チームから構成されていることがわかる。前者は「ユーザー・イノベーション」を、後者は「デジタル・コミュニケーション」の役割を主として担当していることになる。その意味は、続く「解説」の部分で説明する。
マーケティングとは(前編)へ株式会社ワークマンアンバサダーを起用して成功した
マーケティングとは(後編)へワークマンから学ぶ、顧客理解と顧客体験デザイン~アンバサダー・マーケティングによる
商品開発と情報発信~(セミナー編)へ

役員待遇営業企画部兼広報部部長林 知幸
1996年にワークマン入社。スーパーバイズ部、開発部を経て2020年4月より現職。2018年のワークマンプラス、2020年の#ワークマン女子の立ち上げや、多くのメディアに取り上げられ話題となった「過酷ファッションショー」の企画や演出に携わった。現在ではSNS等のオウンドメディアやアンバサダープロジェクトなどのマーケティング戦略や広報・PR戦略を担当。

1951年秋田県生まれ。1974年東京大学経済学部卒業。法政大学経営学部教授、経営大学院教授、退職に伴い同大学名誉教授。2000年に日本フローラルマーケティング協会(JFMA)、2006年にMPSジャパンを創立。
専門分野;マーケティング、流通サービス、花産業。
トヨタやローソン等各企業のコンサルティングや講演も行っている。
著書に『マーケティング入門』『ブランド戦略の実際』『マクドナルド失敗の本質』『値づけの思考法』『青いりんごの物語:ロック・フィールドのサラダ革命』ほか多数。