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社会に役立つ統計情報の提供に向けて

コロナ禍で生活者の行動が変わりゆく中では、その動向を統計指標によって把握しながら、適切な政策を立案したり、企業が施策を決定したりする必要性が高まっている。今、必要な社会に役立つ統計情報とは何なのか。既存の公的統計のみならず、民間企業がはたしていくべき社会的なデータの利活用の役割はどこにあるのか。これまで日本銀行や総務省・統計委員会でリサーチを続けてきた、東京大学 肥後 雅博教授に話をきいた。(聞き手:インテージ 先端技術部 チーフアナリスト 中野 暁)

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(左から、東京大学 肥後 雅博教授、株式会社インテージ 中野 暁)


中野:コロナ禍で先行きを見通すのが難しい今、客観的な事実(データ)に基づいて、意思決定をしていく機運が高まっています。例えば、人流データは毎日メディアで取り上げられるくらい注目度が上がり、様々な意思決定に使われ出しています。このような中で、どのようなデータのニーズが高まってきたと肥後先生はお考えでしょうか?

肥後:まず一つは速報性のあるデータです。人流データが代表的ですが、昨日新宿に人が何人いた等、リアルタイム性のある情報が価値を持つようになってきました。それから、もう一つが、個人・世帯や地域といった詳細な情報です。どの地域に問題があるのか、どういう人が困っているのか、いないのか、そういったことがわかると、きめ細かな意思決定に活用していけます。
また、こうした課題というのは、元々公的統計が抱えてきた課題とも関係しています。社会的な必要性に迫られ、民間のデータによって公的統計で補足しきれない情報を得て、社会に提供がされていくことは望ましいことだと思います。

中野:速報性や詳細性というキーワードが出ましたが、改めて現代の公的統計の課題はどこにあるのでしょうか?

肥後:私は現代の公的統計の課題は、大きく4つあると考えています。

第一に、カバレッジの高い統計を作ること。
経済活動の高度化や国際化が一段と進展するなかで、経済活動が見えにくくなっていますが、その全貌を細かく把握することが大切です。
第二に、家計、個人、企業、地域など、ミクロな異質性を捉えていくこと。
近年では、個別の家計、個人、企業の特性の違いなどミクロな異質性に配慮した政策運営が求められるようになっています。そのため、判断材料となるミクロな異質性を浮き彫りにできるきめ細かな統計の作成が必要となっています。家計でいえば、年齢別・性別・地域別・職業別に消費行動が異なっています。こうしたミクロの異質性に統計が対応していくことが望まれています。
第三に、速報性が高い統計をつくること。
政策運営、EBPMの活用するためには、迅速にデータが利用できるようにすることが重要となっています。統計に投入できる人的なリソースに限界があるなかで、IT技術を活用して速報性の高い統計を作れないかと考えています。
第四に、目に見えない・実測できないものを統計にすること。
多様化するサービスの品質や建築物の物価指数など、目には直接見えず、なかなか実測できない対象を計測して統計を作成することです。例えば、ビルや住宅の賃貸サービスでは、賃貸対象となる建築物が時間とともに古くなって、知らないうちにサービスの品質が劣化していきます。こうした効果を物価統計にしっかりと織り込むことが求められています。

中野:なるほど、4つの観点がよくわかりました。これまで捉えてきれていないものを捉えるという意味では、我々インテージが持つ、消費やメディア接触などの生活者の情報も活かしていけそうです。

肥後:そうですね。コロナ禍のもと、③速報性の高い統計をつくる、②ミクロな異質性を浮き彫りにできるきめ細かな統計をつくる、というニーズが一気に顕在化しています。コロナ感染の広がりと一服、再度の感染の広がりなど、感染状況の変化に応じて経済状況の変化が急激であり、感染対策や経済対策を実施するために速報性の高い統計が求められているという面があります。さらに、地域別、年齢別、業種別など家計の属性ごとにコロナ禍のインパクトが異なり、必要となる政策対応も異なっているため、家計のミクロな異質性がしっかりと把握できる統計のニーズが高まってきているという側面もあります。
こうしたなかで、スマホ・携帯電話の位置情報を活用した人流データが幅広く利用されるようになっています。テレビや新聞のニュース、あるいは国や地方自治体のWEBサイトでみなさんも見聞きされているように、人出の情報がほぼリアルタイムで利用できるようになっています。これは、コロナ禍以前では考えられなかったことです。
ただ、家計の消費行動を中心とする経済活動を捕捉するという観点では、人出の情報とリアルな消費活動に必ずしも直結していないため、人流データは十分な情報とはなっていません。人々が外出する機会を増減させることが、店舗での購買行動、あるいはサービスの消費行動とどのようにリンクしているかを、定量的に把握することが求められています。人流情報がリアルタイムで利用できるようになってきたからこそ、人流情報ではカバーできないリアルな消費行動を迅速かつきめ細かく捕捉する統計データの必要性が、さらに高まっているということではないでしょうか。

中野:そうですね。例えば、当社のSCI®(消費者パネル調査)を使えば、個人がいつどこで何をどれだけ買ったかの情報がわかります。

肥後:
インテージのSCIデータには、家計の支出行動を把握する代表的な統計である「家計調査」と比較して、以下のような優れた点があります。
第1に、単品SKUをベースにしているため、家計簿をベースにした「家計調査」と比較して、より細かい商品ごとの支出額を把握することができます。今回のコロナ禍では、マスクや手指消毒液の消費が増加していますが、そうしたきめ細かい消費行動を把握することが可能です。
第2に、消費者がどのお店で買ったかを把握することが可能です。コロナ禍では、小売業態ごとの勝ち負けが鮮明になっていますが、それを裏付ける消費者の店舗への訪問頻度や購入単価を把握することができます。今回のコロナ禍の局面では、消費者がスーパー、ドラッグストアへの訪問頻度を高め、食料品、マスク、トイレットペーパーなどの日用雑貨の買いだめを進めた一方で、会社の出勤や大学への登校頻度が大きく減少したことの影響から、コンビニエンスストアへの訪問頻度が大きく低下したことが分かります。
第3に、SCIデータのサンプル数は、「家計調査」を大きく上回っています(SCI:5万、家計調査:8千)ので、属性別のセグメントを細かくした集計が可能となっています。例えば、年齢別の分析を10歳刻みで細かくすることが可能となっています。コロナ禍では、高齢層と若年層の感染リスクが大きく異なるために、高齢層と若年層との間で外出行動・消費行動が異なることが予想されますが、そうした年齢階層ごとの違いを捕捉することができます。
第4に、日次ベースで支出明細が分かることです。コロナ禍のもとで消費行動の急激な変化を捉えることができます。マスク不足が顕著になった2020年1月末の局面、SNSによる噂の広がりからトイレットペーパー・ティッシュペーパーの買いだめが起こった2月末の局面、さらに初めての緊急事態宣言が発動されるリスクが意識され始めた3月後半以降の局面、2020年の消費者は、これまで経験したことのない試練に何度も直面しましたが、こうした消費行動の変化を日次で捉えることができるメリットは非常に大きいと思います。実際に、買いだめ行動は数日単位で大きく局面が変化しているようです。
5番目は、SCIデータは、同一のモニターの方を長期間継続して調査することができることです。このため、家計の経時的な行動変化を統計的に捉えることがきます。例えば、2020年1月末にマスクを大量購入した家計は、その後、トイレットペーパーを買いだめしているのか、さらに、4月の緊急事態宣言のもとで店舗への訪問頻度を減らして巣ごもりの度合いを強めているのか、などをチェックすることが可能となっています。公的統計の「家計調査」では、同一の家計に対する調査は6か月間で、毎月6分の1ずつサンプルが入れ替わっていきますので、数か月間のタイムラグがある消費行動の直接の相関関係を把握することが難しくなっています。

中野:実際にどのような指標化が有用でしょうか?

肥後:例えば、先ほどの2点目のメリットとして指摘した消費者の買い回り店舗の関係では、業態別の店舗訪問頻度と店舗訪問1回当たりの購入単価を算出することが有益ではないかと考えています。コロナへの感染リスクが高まるなか、消費者が持つコロナへの恐怖心が、外出行動や消費行動にどのように影響したかを把握することが可能となるのではないでしょうか。先ほど指摘したリアルな消費行動と直接リンクしていない人流データの弱点を補完するのに役立つのではないかと期待しています。

中野:最後に社会に役立つ統計情報の提供の仕方について伺いたいと思います。民間企業がはたしていくべき社会的なデータの利活用の役割はどこにあると肥後先生はお考えでしょうか。

肥後:各々の統計データには強いところ、弱いところ、各々特性がありますので、複数の統計データを活用することで、お互いを補完し合っていくことが重要であると考えています。例えば、公的統計の「家計調査」は、サービスを含めたすべての支出がカバーされているなどカバレッジが高いほか、調査対象となる家計が無作為抽出されているので母集団である日本全体の消費行動を忠実に再現できるメリットがあります。一方で、家計簿に記入する調査であるという制約から、支出品目の細分化には限界がありますし、サンプル数の制約から年齢階層ごとの区分にも限界があります。他方、インテージのSCIデータは、一部例外があるもののPOSコードがある商品にデータが限定されるというカバレッジの狭さはありますが、一方で、商品別の細かい情報が得られるとか、モニターサンプル数が多くより細かい属性によるセグメント分析が可能であるなどの大きなメリットが存在しています。
こうした公的統計には提供できない情報を提供することで、公的統計で十分にカバーできない部分を補完していくことが、民間企業のデータには求められているのではないでしょうか。

中野:今日の話にでてきた、カバレッジ、速報性、詳細性、実測しにくいものの統計化など、社会に役立つ統計情報の提供に向けて、我々のような民間企業が果たしていける(いくべき)役割が多くあることがわかりました。本日は貴重なお話をありがとうございました。



(対談者・略歴)

肥後 雅博
東京大学大学院経済学研究科教授)
主な研究分野は経済統計。1965年北海道生まれ。1990年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了(地球物理学)、1997年ミシガン大学大学院修士課程修了(経済学)。1990年日本銀行入行、調査統計局物価統計課長、国際局国際調査課長、調査統計局参事役(統計担当)、総務省参与・統計委員会担当室次長、京都支店長を歴任し、2020年11月に退行。同月より現職。著書に『統計 危機と改革 システム劣化からの復活』(共著、日本経済新聞出版、2020年)がある。

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中野 暁
(株式会社インテージ 先端技術部 チーフアナリスト)
インテージ入社後、メディア領域を主として、シングルソースパネル(i-SSP®)の設計/品質管理、データ解析、全数系ビッグデータ(Media Gauge® Dynamic Panel®)の開発などに従事。現在は研究開発部門にて、社会的データ利活用推進のための研究に従事。現在、慶應義塾大学 産業研究所 共同研究員、明治大学 商学部 兼任講師。博士(社会工学)。

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